大ヒット曲のサビを観客に委ねるのは、歌唱の不足なのか、それとも観客の期待を意図的に外す演出なのか。マイリー・サイラスのハリウッド・ボウル公演をめぐり、批評家の評価と本人の反論が食い違っています。論点は「歌ったかどうか」だけでなく、ポップスターに何を期待するのかにも及びます。

同じ演出を分けた評価

報道によると、サイラスは2026年10月16日、アルバム『Bass Persuades』を掲げた2公演の初日を開催しました。『Los Angeles Times』のミカエル・ウッドは、「Wrecking Ball」などのサビを本人が歌い切らず、観客やバックコーラスに任せた場面を批判。新作中心の構成や歌唱にも厳しい見方を示す一方、ドリー・パートンに捧げた「Jolene」を見どころに挙げています。

対してVarietyの論評は、ヒット曲を観客に歌わせ、新作や実験的な過去曲を前に出す姿勢を「アンチ・ポップ」的な表現として捉えました。つまり、同じ演出が一方では「歌唱が足りない」と映り、他方では「定番の期待を裏切る意図」と読まれています。観客が求める代表曲の再現と、アーティストが選ぶ表現の自由。そのずれが批判の焦点です。

本人の反論が示したもの

Rolling Stoneによると、サイラスは翌日の公演で初日への批判に触れ、切り抜き動画を「クリックベイト」と呼びました。自分がステージで気持ちを込めていないと疑われることは受け入れられないとし、「私は完全にその場にいる」と述べたと報じられています。また、曲中には「全部歌うはずだったのを忘れていた」という趣旨の発言もあったとされています。

批判への反応は、歌唱の評価を打ち消すものではありません。しかし、短い動画だけでは公演全体の意図や熱量を判断しにくい、という本人の主張は浮かびます。The Hollywood ReporterとPop BaseのX投稿も反応を取り上げたとRolling Stoneが伝えていますが、投稿の断片だけで観客全体の評価を代表させることはできません。

まとめ

この一件は、ライブにおける「観客参加」と「本人の歌唱」の境界を問い直しています。公演の評価は、批評家の視点、本人の意図、会場での体験を分けて見る必要があります。サイラスの反論を踏まえても、演出が成功したかどうかは意見が分かれるでしょう。何をもって満足できるライブとするのか、その期待の違いが今回の対立を生んだと考えられます。

参考

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